2004年2月19日 (木)

『竹の本』 寒竹と四方竹 (2/2)

寒竹の地下莖は、鞭につくつて調子がいゝ。よく嫋つて丈夫だからだ。『日本竹譜』にも、「寒竹の根は鞭として甚だ貴重のものなり。徃時は將軍家の外、用ゆる能はざりしといへり。最も鞭は密節なるものを貴しとす。小野ノ高秤(たかはかり)と稱し、左手を伸ばし、右の乳頭より左手の中指末に達する長さを法とす。その内、柄を六寸とし、その餘三十三節あるものを免許鞭(ゆるしむち)と稱し、乘馬家の貴重する所なり。されど三十三節ある鞭は甚だ稀なり。」といつてゐるやうに、昔はこの竹の鞭は、ずゐぶん尊重されたものらしい。
 四方竹も寒竹も、共に庭に眺めて風情がいゝ。だが、これはつくられた形の四方竹であり、歪められた(かたち)の寒竹である。庭の形式を整へる爲の虚僞の姿でしかあり得ない。ほんたうの竹の容、そしてその持味は、枝葉を思ふ存分に展げた自由無碍の姿の裡にあらねばならぬ。
 菖蒲山には、四方竹はなかつた。單なる口頭傳承のつくりごとだつたのか、山の隅々まで探してみたが、一本も見當らなかつたのである。だが、今で思へば、私は目の當り四方竹を見てたんのうするより、紅い椿の咲いた幻の世界に、夢に生かしておいた方が、美しいやうにも思はれてならない。夢のやうな國の、夢のやうな語り草、――今でも私の頭には、幻の四方竹が美しく生えてゐて消えようとはしない。

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2004年2月13日 (金)

『竹の本』 寒竹と四方竹 (1/2)

 傳説の竹はずゐぶんと多い。矢竹、淡竹、蓬莱竹、苦竹(まだけ)、雲紋竹、女夜叉竹、それに積古丹竹などが數へられる。四方竹のは、まだ見たことはなかつたが、いつかある書物で、越後國峯岡村竹野町の菖蒲山(あやめやま)に源賴政の妻菖蒲ノ前の建てた觀音堂があり、そのあたりに茂つてゐる四方竹は、もし春三、四月の頃に伐り取ると、その年は雨が多い、といふ傳説のあるのを知つた。
 で、私はそれを見に、越後にいつたことがある。だが、どうしたものか往つてみると、それらしいものは一本もなかつた。私はその時、住職にでも訊けば分るだらうと思つて、本堂の横で聲をかけてみたが、寺からはいつかうに返事がない。いくら呼んでも聲一つしないのだ。變だと思つて、あたりを見廻してゐたら、
「寺は今、誰もおらんがな。」
と、庫裡の方から聲がした。爺やと、もん平姿の()とがそこに立つてゐたのだ。
「住職は? どこか用たしにでも。」
さういつて私は訊くと、
「いゝえ、宣撫班で戰地に……。」
と、こんどは娘が應へた。年頃のきれうのいゝ娘だ。
 娘の話によると、寺は今住職ばかりではなく、二人の僧侶までもが、――一人は砲兵、一人は歩兵で出征して、ほんたうの殼だつたのである。娘は住職の娘で、爺やと二人でこゝ三年越しの留守をしてゐるのである。
 居留守の者にきいたところで、竹のことなど分ろう筈はないと思つたが私は竹を見にわざわざ訪ねて來たわけを話すと、爺やは、
「ハハア、さうですかのう。でも、こゝにはそんな四角な竹は……。」
と、たよりない返事である。
 どうにも仕樣がなくて、私は寺の後ろへ廻つてみた。もしやそこらあたりにでもと思つたのであるが、そこにはそんなものは一本もない。わつさりと繁った苦竹が、唯あるばかりであつたのだ。
「竹はこれと、あの孟宗竹と、二つだけですがねぇ、ハア。」
 私に從いて、いつの間にか娘はそばに來てゐたのだ。
寺を一廻りしてみたが、やはり四方竹はない。本堂の裏手には、矢竹がいつぱい茂つている。ひどく葉の細い矢竹だ。ちよつと見ると四方竹のやうであつたが、よくみるとやはり矢竹なのである。葉の細いのは、澤山に枝を岐けた老株だからである。
 四方竹は元來、暖國の産だ。本州中部以南によく育つ。『丹洲圖竹』に、四方竹はもと肥後國の産だとあり、また『本草綱目啓蒙』にも、琉球から渡來したものだ、と載ってゐるのをみても分る。今でも九州の産は、稈のまわり四、五寸から六寸ぐらゐあるが、東京のものは、やつと一寸五分か二寸ぐらゐにしか及ばない。
菖蒲山は、四月の末でもまだ寒い。後二、三日で五月にならうといふのに、菜種の花が畑に黄色く、普賢象の蕾が雪の山から吹き下ろす風でゆらゆらと搖れてゐたりする。時折鶯の聲さへきくのである。こんな寒いところに、もし四方竹があつたら、その稈はどんなにか細からうと思つてゐたのであるが、四方竹はたうとう見つからなかつた。

(續く)

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随筆『竹の本』 竹内叔雄

昭和17年に刊行されたこの本には、私が大学生だったとき、京都の古本市で初めて出会った。数多くの竹の紹介を盛り込んだ、品の良い随筆に惹かれた。取り立てて値段が高い部類ではなかったが、学生らしい判断で、この本は買わなかった。その後、もう一度別の古本屋で見たが、模様眺めするうちに、今度は植物学が専門の大学教授が購入していったそうで、機会を逃した。東京に引っ越してもその本のことは記憶から消えず、神田の古書店を探し始め、2年ほど経ってようやく手に入れることが出来た。古書の世界では比較的名の通った本らしい。
次回から、私を数年越しの購入に駆り立てたその随筆を掲載する。

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